あなたの「やさしさ」が「つらさ」に変わる前に──共感疲れから心を守る秘訣

あなたの「やさしさ」が「つらさ」に変わる前に──共感疲れから心を守る秘訣

あなたの「やさしさ」が、知らないうちに「つらさ」へと変わっていませんか?
人の痛みに心を寄せられるあなたへ──その優しさを守るために、まずは自分自身の心を労わることから始めましょう。今回の記事では、共感がもたらす疲れ(共感疲労)と、セルフ・コンパッション(自分への優しさ)を使った対処法についてお話します。

人の苦しみに触れる時、自分も苦しくなるのはなぜ?

私たち人間は、不思議なほど他人の痛みを自分のことのように感じることがあります。友人の悲しみに触れたとき、ニュースやSNSで見た、遠くの誰かの苦しみに胸が締めつけられたとき、「まるで自分のことのように苦しい」と感じた経験がある方も多いのではないでしょうか。

こうした感情の背景には、「ミラーニューロン」と呼ばれる脳の神経細胞の働きがあります。ミラーニューロンは、他人の行動や感情を見ることで、まるで自分がそれを体験しているかのように脳内で反応する仕組みです。たとえば、誰かが泣いているのを見ると、自分の中でも「悲しい」という感情が自然と湧き上がりますよね。それは、この神経ネットワークが作動しているからなのです。

この能力は、私たちが社会的な動物として生き残ってきた理由のひとつです。人間は孤立していては生き延びることができない動物です。互いの感情に共鳴し、相手の痛みを想像することで助け合い、つながり、支え合って今日まで生き延びてきました。つまり「共感する力」は、人間にとって進化の恩恵でもあり、生きるために不可欠な能力だったのです。

ですから、他人の痛みに心を動かされることは、決して「気にしすぎ」でも「弱さ」でもありません。それは私たちが人間である証であり、命をつなぐために備わった、とても大切な機能なのです。私はこの「共感能力」こそが、人間を人間たらしめる、美しい素質だと思っています。

共感と共に忍び込む「疲れ」

けれども、この「共感の力」には、思わぬ落とし穴もあります。
それは、共感しすぎると、自分自身が疲弊してしまうということです。

私たちは、他人の痛みや悲しみに触れることで心を動かされますが、もしそれが頻繁に、あるいは深く起こると、まるで自分自身が何度も傷ついているかのような状態になってしまいます。特に、家族や友人、職場の同僚など、自分にとって大切な人が苦しんでいるときほど、その傾向は強くなります。

このように、他人の苦しみに強く同調しすぎて心身が疲れてしまう状態を、「共感疲れ(empathy fatigue)」と呼びます。医療・介護・教育・カウンセリングなど、人のケアに関わる職業の人々に多く見られる現象ですが、職業に関係なく、日常的に人に深く共感する人なら誰でも陥る可能性があります。

特に、感受性の高い人や「人の気持ちを考えることができる人」ほど、共感疲れに気づかずに無理をしてしまいがちです。気がつけば、自分自身がどっと疲れていたり、何もやる気がなくなっていたりします。時には「もうあの人の話を聞きたくない」「いい加減、ひとりになりたい!」と感じてしまうこともあるかもしれません。

私自身も、子供がメンタルバランスを崩し、とても苦しんでいた頃は、子供の苦しみと毎日向き合う日々でした。彼女の涙が私の涙に、彼女の痛みが私の痛みになる毎日の中、「もうこの子の顔も見たくない」と思う瞬間がありました。本当に大切な子供なのに、です。

これは冷たいわけでも、心が狭いわけでもありません。まさにこれが「共感疲れ」の状態です。しっかりと心と身体を労われば、またあなた本来の優しさや気力が戻ってきます。溺れかけている人を助けるには、自分が泳ぎ、人を助けるだけの余裕が必要であるように、人の痛みに寄り添うには、まず自分の心のエネルギーが満たされていることが必要なのです。

共感疲れで苦しい自分を認め、セルフ・コンパッションでサポ-トしよう

人の痛みに寄り添うためには、まず自分の内側に余裕があることが必要です。
そのために大切なのが、「セルフ・コンパッション(self-compassion)」の実践です。

セルフ・コンパッションとは、失敗したときや落ち込んだときに、自分に対して優しく接する姿勢のことです。

私たちは、友人がつらそうにしていれば「無理しないでね」「あなたはよくやってるよ」と声をかけることができるのに、いざ自分のこととなると「こんなことで疲れるなんてダメだ」「もっと頑張らなきゃ」と、自分に厳しい言葉を向けてしまいがちです。しかし、共感疲れから回復するには、

1)まず自分がしんどい状態にあることをありのままに、正直に認め
2)自分は「人の痛みに反応するほどの優しさを持っている」と捉えた上で
3)こうして頑張っている、やさしい自分をねぎらう

ことが大切なのです。

また、自分が苦しい状態にあることを受け入れることに対して、自分の弱さを認めることのような気がしたり、罪悪感を感じることもあるかも知れません。そんな時は「人間なら誰でも、疲れればつらくなるものだ」「頑張り続ければ、誰でも心と身体の電池が減るものだ」と考えて下さい。あなたは機械ではないのです。生身の人間である故の、共感という素晴らしい能力を持っているが故の、人間らしい苦しみに心を開いてみてください

ここで、セルフ・コンパッションを使った具体的なサポ-ト方法をいくつかご紹介します。

• 呼吸に意識を向ける
眼を閉じ、ありのままの呼吸を感じながらその穏やかなリズムに安らいでみましょう。

• 自分への優しい言葉がけ
大切な人が同じ立場にいたら、どんな言葉をかけてあげたいか考えて、その言葉を自分にかけてみてください。例えば「今、とってもしんどいよね」「休んだっていいんだよ」「頑張ってるの、知っているよ」といった言葉ですね。寝る前に「今日の反省」ではなく「頑張った自分への感謝表明」をするのもお勧めです。

• 優しく自分に触れる(セルフタッチ)
手を置くと心地よく感じる場所に手を置いて、「手を通して優しさを吸収する」イメ-ジでゆっくり呼吸してみましょう。胸やお腹をなでたり、とんとんと叩くなど、どんな風に自分に触れると楽になるか、試してみて下さい、

こうしたちょっとしたセルフ・コンパッションの実践が、心の充電につながります。

私の場合は、寝る前に必ず「今日も一日ご苦労様」「色々あった一日だけど、自分なりに頑張ったね」と自分にやさしい声がけをかけています。傍から見ると不気味かも知れませんが、自分の頭をなでたりもします。特に頑張った日はいつもより念入りに自分に優しくします。大好きなバスソルトをふんだんに使ってゆっくりお風呂に入ったり、携帯電話は切り、心の栄養になる本を読んでから寝たりと、「減った電池の量に見合った補充をする」という感じで自分を大切にしています。

これは決して利己的なことではありません。むしろ、自分をいたわることで、長期的に他者にも健やかに関わり続けられるのです。人を思いやる力を持ち続けたいからこそ、自分自身を犠牲にせず、自分の心の電池に優しさを溜めておくことが大切なのです。心優しく、責任感が強い方は特に「自分ファ-スト」に抵抗感を感じがちですが、「相手に渡すエネルギーは、まず自分の中に溜める」ことを意識して頂ければと思います。

子育て中の方、看護をされている方、部下を育てている方…人の悩み苦しみに寄り添う中で、「もうこの人と関わりたくない」「ひとりになりたい」…そんな気持ちになったら、セルフ・コンパッションの出番です。共感力は、人間にとってかけがえのない美しい資質です。あなたの優しさが、これからも誰かを温かく包み込むために──まずはご自身の心に、やさしさを向けてみてくださいね。

セルフ・コンパッションについては過去にも記事を書いています。こちらも是非ご参考にしてください。
https://tomoko-dziuba.com/blog/mindfulness/2817
https://tomoko-dziuba.com/blog/mindfulness/2896