セルフ・コンパッションと大切な3つの要素

セルフ・コンパッションとは何か

セルフ・コンパッション Self-Compassion…最近色々な場所で耳にするようになった言葉です。この記事ではセルフ・コンパッションとは何か、セルフ・コンパッションに欠かせない3つの要素についてお話します。

そもそも「コンパッション Compassion」とはどういう意味なのでしょうか。Compassionを英和辞書で引くと、「思いやり、あわれみ、同情」と言いった言葉が出てきます。Compassionのconはラテン語でwith、「共に」という意味。Passionはラテン語patiから由来しており、英語で言うとsuffer、「苦しむ」という意味ですので、まとめると、compassionは「苦しみと共にある」という意味になります。

また、仏教用語の「悲 karuna」はcompassionと訳されています。「悲」Karunaは、慈しみの心が痛みに出会った時に生まれる心であり、痛み・苦しみが消えることを願い、またそうなるように働きかける心を意味します。

セルフ・コンパッションは、この「compassion」「悲」の心を自分に向けていくこと。つまり、自分の痛み・苦しみを知り、感じ、寄り添い、その痛みや苦しみをなくそうと働きかけることです。少しでも良い成績を、少しでも多くの成果を、少しでも「より良い私」を求めて、現代人は現状にダメ出しをし、自らに厳しくする傾向があります。自分に鞭を打ち続け、自分の心が痛んでいることにも気づかずに毎日を生きている人は数知れないでしょう。セルフ・コンパッションの実践は、現代を生きる私たちにとって大切なセルフケアの一つです。

このセルフ・コンパッションには、欠かせない3つの要素(実践・考え方)があります。

1.自分に優しくする(Self-Kindness)
2.苦しみと不完全さは万人共通という意識(Common Humanity)
3.マインドフルネス(Mindfulness)

の3つです。

要素その1・自分への優しさ(Self-Kindness)

最初の要素は「自分への優しさ(Self-Kindness)」です。セルフ・コンパッションを実践するにあたっては、自分が苦しい時、痛みの中にいる時、あたかも親友に接するかのように自分に接します。

具体的に考えてみましょう。あなたの大切な友達が、仕事で大きなミスをし、とても落ち込んでいるとします。つらさに耐えきれず、あなたに電話をかけてきました。そんな時、あなたはどんな声がけをしますか?

…うんうん、そうなんだ…今はとてもつらいよね…
…頑張ったんだもの、自分を責めないでいいんだよ…
…ここから何か学べたことがあれば、むしろ大成功じゃないか!
…しばらくゆっくり休んでごらんよ、違う見方ができるようになるよ
…どんな時も、君の味方だからね

こんな感じでしょうか?とても親しい間柄なら、ハグをしたり、手を握ってあげるなど、身体を使って優しさを表現するかも知れません。

さて、今度は自分が仕事で大きなミスをしました。つらくてつらくて、暇さえあれば失敗のことを考えてしまいます。そんな時、自分は自分に何と言いますか?上の言葉を自分にかけてあげますか?実際のところ、自分にはもっと厳しいのではないでしょうか。自分が失敗した時、ついついかけてしまう言葉は、

…いつものことだけどさ、詰めが甘いんだよ
…自分、この仕事にそもそも向いてないんじゃないか?
…みんな私のことを無能だと思うに決まってる
…努力したって結果が出なければ意味がないんだよ

こんな感じでしょうか。そして、考えてみてください。上の言葉、苦しんでいるあなたの親友にそのままかけることができますか?できませんね。大切な親友には言えないのに、自分には言える。自分にはいくらでも厳しく、どんなきつい言葉でもかけてしまう、それが私たちです。セルフ・コンパッションでは、この「自分への厳しさ」を「自分への優しさ」に置き換え、自分を最大の友達のように扱っていきます。

要素その2・「苦しみと不完全さは万人共通」という意識(Common Humanity)

二つ目の大切な要素は、「人間は誰しも不完全であり、さまざまな形で苦しみを体験しながら生きている(Common Humanity)」と認識することです。

不完全さと苦しみは万人共通のこと。私が苦しみの中にいる時感じている痛みは、その内容は違っても、あなたが苦しみの中にいる時に感じる痛みと同じです。自分が今置かれている苦しい境遇、状況で、同じように苦しんでいる人がいる、この苦しみをわかってくれる人が世界のどこかに必ずいるのです。たとえ見たことも会ったこともない人でも、自分と同じ苦しみを知っている人がいる、そう思うだけで心が少し軽くなりませんか?人は幸せや愛の心でつながることもできますが、不完全さと苦しみでもつながることができるのです。

また、「私はこの苦しみの中で、決して孤独ではない」と思うことは、「なんで私がだけがこんな目に…」「なんて不幸な私…」という自己憐憫に陥るのを避けることにもつながります。

「人間は不完全な生き物」ということは、「誰もがその成長過程にあり、人生に失敗はつきもので、失敗から学んでいくのが人間らしさである」ということでもあります。これが腑に落ちると、失敗した自分に優しさと共感を向けることができ、失敗から学び、また前に進む勇気を得ることができるようになります。

アドラー心理学でも、失敗は成長の過程で誰にでも起きる出来事であり、建設的な意味づけを与えることで成長の糧になると捉えています。他者を敵とみなさず、仲間としての連帯感を大切にする見方は、この要素と通じるところがあるように思えます。

要素その3・マインドフルネス(Mindfulness)

マインドフルネスは、この一瞬一瞬の体験をクリアでバランスの取れた意識で気づき、どんな思考・感情・感覚も避けたり抵抗したりすることなく受け入れていくことです。セルフ・コンパッションの実践には、このマインドフルネスが欠かせません。セルフ・コンパッションで苦しみと向き合うには、

1.自分の痛み・苦しみに気づき、理解する
2.痛み・苦しみから逃げず、抵抗せずに向き合い、ケアする

ことが必要ですが、これはマインドフルネスの実践そのものなのです。

私たちが苦しみの中にいる時やりがちなのが、苦しみから逃れるために「じたばたする」、つまり問題解決への行動にばかり目を向けてしまうことです。自分の心がどのように痛みを感じているのか、どれほど自分が辛いのか感じることなく、そこから抜けだすことばかり考えてしまい、痛んだ心が置き去りになるのです。マインドフルネスは、問題解決(Doing-Mode)を一旦止め、苦しんでいる自分に穏やかに、しっかりと目を向け、寄り添い癒す(Being-Mode)ことに方向転換してくれます。

また、苦しみの渦中にいると、つい

…自分は失敗作である
…自分は何をやっても駄目だ
…人生には失望しか感じられない

のような極端な見方になることがありますが、マインドフルネスの気づきを使えば、バランスの取れた見方を取り戻し、視界が開けてきます。自分は失敗作ではなく、「今、自分は失敗作だと思えるような気持ちになっている(だけ)」、自分は何をやっても駄目なのではなく、「今回チャレンジしたことは想定外の結果になった(だけ)」、人生には失望しか感じられないのではなく、「今、人生に失望を感じるほど、苦しい状況にある(だけ)」と捉えることができるようになります。

また、瞑想実践を積んでくると、どんな感情も思考も状況も、すべてが移り変わっていくことがわかりってきます。「今の苦しみは未来永劫続くものではない」と理解できれば、距離を保ちつつ、ゆったりと感情と向き合うことができます。極端な思考に気づき、苦しい感情から少し距離を取り、取り乱すことなく自分の痛みに寄り添うことができるのは、マインドフルネスの力、というわけです。

このように、マインドフルネスのクリアな視界、穏やかであたたかい受容の姿勢はセルフ・コンパッションに欠かせないものなのです。

自分を内側から幸せにしよう

私たちは小さなころから「もっと頑張れ」「欠点を克服しろ」と言われて育ってきました。たくさんの方が、多大な努力をしているのに、「まだ足りない、これではダメだ」という意識を頭の片隅に置いて生きておられると思います。私もそうでした。上を見ればきりがなく、上をみれば自分の不足部分が見えてきます。どこまで行っても、自分は「足りない」と思ってしまいます。もちろん、頑張ること、それ自体が悪いのではありません。ただ、努力する過程で、自分の苦しみ・痛みにもしっかり光を当て、自分を内側から幸せにすることにももっと積極的であってよいのではないでしょうか。

経済的・社会的成功だけが幸せへの道ではありません。ため息が出る時、心を緩めると涙がこぼれそうになる時、心が痛んでいないか感じてみて下さい。どれほど経済的・社会的成功をおさめたとしても、自分の心が泣いていたら、自分を好きでなかったら、それは本当の幸せでしょうか。頑張りすぎず、自分にコンパッションを向ける時間を意識的に取ってみましょう。まずは、心の水やりだと思って、自分に優しい言葉をかけること(Self-Kindness)から始めてみてください。始めは不慣れなゆえに変な感じがしますが、だんだんとその効果が感じられるようになります。